いい水の定義

いい水の定義って、とても難しい。
成分などから分析してみると、数値的にハイクオリティな水というものもあるかもしれない。
でも、考えてみよう。
食べものの好みが人それぞれであるように、水の好き嫌いだっていろいろあるのだ。

 

最後の晩餐に食べたいと思うのは、必ずしも贅を尽くしたご馳走ばかりではないはず。
意外と子供のころに実家で食べたおふくろの味だったり、なじみの定食屋で食べている惣菜だったりもするのだ。
自分にとって本当に価値のあるもの、響くものというのは、忘れられない思い出とともにあるのではないだろうか。

 

それは、水についても言えること。
透明で無味無臭な存在ながらも、静かに記憶に呼びかける強いメッセージを持っている。

 

数値や形で表せない感覚的な味の記憶は、時間が経つにつれておぼろげなものになってしまうし、言葉で表現するのも難しい。
それが透明な水ならなおさらだ。

 

また、「あの時の味」を厳密に再現するというのも、とても難しいこと。
料理であればレシピ通りに作るだけでは同じものは作れない。
食材については濃厚さや食感が同レベルのコンディションのものを探し出す必要があるし、
調理法や調味はもちろん、食材の力を引き出す水も同じにしなければならない。

 

さらに、食べる時の空気感もおいしさを変える。
たとえ同じ料理であっても、幸せな気持ちで仲間と食卓を囲んで食べるのと、悲しい時に一人で食べるのでは、心に訴えかけてくる味わいが違わないだろうか。

 

例えば学生の頃、運動部の部活動で合宿に行ったことのある思い出の土地。
チームメイトと一緒に厳しい練習に耐え、自分を追い込んで成長した懐かしい記憶。
練習の後で口にしたその土地の冷たい湧水の味は、その当時の空気の温度や匂い、感触や音などとともに、心体に染みついている。

 

あれから長い時間が流れた。
忙しい生活の中でいろいろな出来事が起こり、当時の思い出も、ましてや水の味も忘れて忙しい生活を送っている。
そんな時、ふとしたタイミングで何気なく口にした水が、思い出にリンクするものだったら・・・。

 

予想外の場所で突然おふくろの味に出会った時のように、深く郷愁を呼び起こしてくれるのではないだろうか。
一瞬にして蘇る当時の記憶。
空気の温度や匂い、感触や音。
一口の水と共に懐かしく思い出されるだろう。
人を癒し、リラックスさせてくれる「いい水」とは、こういう水のことを言うのかもしれない。

 

 

 

〜ヨガをする人にとっての食事〜