食べるという喜び

食べ物は、食卓に至るまでにあらゆる人の手を通り、いろいろな振動を受けています。
食材を作る時や収穫する時など、私たちの口に入るまでには振動を受けるたくさんの機会があるわけですが、特に調理をする人の振動には強い影響を受ける。

 

だから、誰がどんな思いを持って料理したのかということも、とても重要なんです。
受けてきた振動がピュアなものであればあるほど、食べ物自体も純粋なエネルギーを持っているということ。
ピュアな食べ物は、食べた人の思考を静かで平和なものにさせてくれます。

 

何かを消化・解毒している時というのは、体の内側に雑音が起きている状態です。
その活動する音に耳をとられ、体の感覚・声が聞こえなくなってしまう。
活動していない体の中はしーんと静かになり、繊細に鋭敏に耳を澄ませられるんです。

 

消化や解毒の音が鳴りやまないと、体の外も内も見えなくなってしまいますが、サットヴァな食事やヨーガ断食をして澄んだ静かな状態を保てば、本当の自分の声・体が求める声が聞こえてくるはずです。

 

五感はもちろん、六感、七感というインスピレーションも鋭くなる。
逆に、重量感のあるものを食べすぎれば、消化するためにたくさんのエネルギーを消費しますから、疲れやすくなったりねむくなったりしますね。

 

内蔵に負担がかかり疲弊していると、自分の声に耳を澄ませにくくもなります。
その状況で人に奉仕をするのはとても難しいこと。
奉仕できるコンディションでいる為にも、適切な食事をとることは有意義なんです。

 

食べるということは、大きな喜びです。
大自然の命の恵みを享受し、多くの人たちの働きかけがあるからこそ、今日の食卓が実現するんですから。
だからこそ、作る人も食べる人も100%の力を発揮して、一番おいしいものを感謝して食べたいですね。

 

食を栄養学的な見方や消費的な視点だけで考えるのは、もったいないのではないでしょうか。
食べ物を噛み、味わい、エネルギーを吸収する喜びを感じて、生きるパワーを感じたいものです。

 

私はいつも食べ物を口に入れる前から喜びを感じています。
まるでほうれん草を得たポパイのように。
消化吸収される前から、細胞全体で命の感覚をキャッチして歓喜しています。

 

そのエネルギーが、血となり肉となり心となる。
そのエッセンスが思考となって私たちの体を動かし、修行を続ける魂の乗り物となってくれるんです。