食は暮らしの中心にあるもの

私にとって食は、決して特別なものではなくいつも暮らしのなかにあるもの。
食を見つめれば、その人とその周りにある生活そのものが見えてくると思うんです。
言うまでもないことですが、食べるものがその人の体を作るし、心も作るし、生きていく文化もスタイルも、その人のすべてを作っていく。

 

食が穏やかでないと元気な体も心も作れない。
そして大げさではなく、食に対する心が貧しくなったら、生活全体までもが貧しく荒んでくるような気がするんです。

 

では、穏やかな心と体で、生活を豊かに楽しむ為にも、食への心を貧しくさせない為にはどうしたらいいんでしょう。
その為にはきっと、贅沢なご飯を食べたいというグルメな気持ちを持つ事ではなく、自分にとって何がご馳走なのか考えてみることが大事。
それは必ずしも、手の込んだものや高級な料理とは限らない。

 

例えば炊き立てのごはんとみそ汁だったりもするわけです。
それが自分にとって一番食べたいものだと感じたのなら、豊かな気持ちでごはんとみそ汁を食べればいい。
そうして中心にある食が充実すれば、暮らし全体が楽しく幸せなものになるんです。

 

私は「おいしい空気」というものをとても大切にしています。
「おいしいね」と言い合える、誰かとおいしさを分かち合える時って幸せですよね。
特別なものを用意していなくても、好きな人たちとみんなで食べるごはんは一段とおいしい。

 

逆にどんなに贅沢なものを口にしていても、その空気が冷たかったり、苦手な人と一緒だったりすると、その魅力を感じられないはず。
だから、おいしい空気が流れている「おいしく感じられる食卓、人が集まりたくなる食卓」を造れたら、いい食事ができるんじゃないかと思います。

 

「おいしい空気」を作る為に必要なのは、愛情と思いやり。
食事は空腹を満たすだけでなく、心を満たすものだから。
どんなに疲れていても、怒っていても、食べているうちに自然と笑顔になったりリラックスした気持ちになったりすることがありますよね。
それは「おいしい空気」を作る愛情や思いやりが満ちているからだと思います。